こんにちは、RareJob English Labの向はるかです。いきなりですが、日本屈指の難関大学として知られる東京大学や京都大学の入試英語問題を見たり読んだり、実際に解いたりした経験はありますか?わたしは受験生時代に興味本位で過去問を立ち読みし、こんな複雑な問題を解ける同い年がいるという事実に衝撃を受けた記憶があります。
そんな東大・京大の入試英語問題ですが、今よりもっと大学進学者の少なかった頃は、いったいどんな難しい問題が出題されていたのでしょうか?90年代に生まれた私が教科書で習った歴史上の人物たちが受験生だった頃なら、きっとすさまじい難易度の問題が出題されていたに違いない…。
とても気になったので、さっそく国立国会図書館デジタルコレクションで、昭和2年発行の「最近七年間東京・京都・九州・東北・岡山・千葉・新潟・金沢・長崎帝国大学入学試験問題集」と、昭和12年発行の「全国官立大学入試英語問題正解」を見ながら問題を解いてみたところ、わたしはとても驚きました。
なぜなら、東大・京大の入試英語にほぼ必ず登場する英文が、味わい深い文章の宝庫だったからです。
問題を解くことを完全に忘れ、夢中になって読んでしまいました。
この味わい深い気持ちをみなさんと共有したくて仕方なくなったので、今回は戦前の東大・京大の英文和訳問題のなかから、わたしが選んだ味わい深い英文を日本語訳とともに、種類別にご紹介したいと思います。よければ声に出してお楽しみください。
時代の違いを感じて味わい深い
まずは昭和11年、東京帝国大学理学部の問題から、現代との違いを感じて興味深いこちらの英文です。
The speed with which in a decade or so broadcasting has passed from being the interest or hobby of an expert few into the pleasure and recreation of millions has tended to concentrate attention on the purely scientific and technical developments which have made this change possible.
(ここ10年ちょっとの間に、「放送」は特定の人々の趣味・娯楽から、数百万人の娯楽となった。人々はこの変化を考えるときに、科学的・技術的発展にのみ目を向ける傾向にある。)
ここでいう「放送」とは、もちろんテレビ放送ではなくラジオ放送のこと。当時は音声のみの「放送」が、やっと”数百万人”の娯楽(the pleasure and recreation of millions)となった時代だったようです。
英文ではこうした放送の「変化」について、さらに詳しい記述がつづきます。
The reactions of this rapid growth upon the listener himself, the new problems which broadcasting itself may offer, have escaped attention except by a few, and it is only slowly and with difficulty that broadcasting is emerging from the toy stage to that of laboratory and workshop for human culture.
(放送を受けとる側に訪れた急速な変化、そして放送がもたらした新たな問題については、限られた人々の注目を集めるだけであった。そしてゆっくりと、困難を伴いながら、「放送」というものは、おもちゃの域を超え、人間の文化に対する実験・探求の場へと脱皮しつつある。)
「放送」が単なるtoy(おもちゃ)のように捉えられていた時代があったとは…。生まれた時から当たり前のようにテレビやラジオに囲まれ、英文が言うところの”laboratory for human culture(人間の文化の実験場)”ですくすく育ったゆとり世代としては大変興味深いところです。
新たな定義を示していて味わい深い
なかには受験問題とは思えないほど、ハッとさせられる定義をこちら側に差し出してくるような英文もありました。こちらは昭和9年京都帝国大学医学部の問題。
Time, which is to the mind a function of the mind, stretches and contracts, as all men know, when the mind spelled by forces not its own demands the expansion or the lessening of time. Thus in a moment, as the foolish physicists can prove, long experiences of dreams are held, and thus hours upon hours of other men’s lives are lost to us forever when we lie in profound sleep.
(誰もが知っている通り、時間は心の機能の一つであって、それ自身とは別の力によって強制された心が時間の延長や短縮を求めた場合に、伸び縮みするものである。力不足な物理学者でも証明できるように、一瞬のうちに長い夢を体験することもできるし、何時間にわたる時間であっても深い眠りの中にいれば永遠に失われてしまう。)
制限時間と戦っているであろう受験生に対して、「時間は心の持ちようによって伸び縮みする」と言い切る強気の姿勢に痺れる英文です。
さらに、昭和9年度京都帝国大学文学部の問題では、英語学習に欠かせない”辞書”について、独自の定義を説いています。
A dictionary, as Anatole France has said, is the Universe in alphabetical order; and the Universe, whatever else may be said in its disparagement, is certainly full of curious facts and details of the most fascinating interest.
(アナトール・フランスが述べている通り、辞書はアルファベット順に並んだ宇宙である。どれだけ中傷されたとしても、辞書は人々が興味をもつ事物の驚くべき詳細と好奇心の湧き上がる事実に満ちているのである。)
「辞書は宇宙である」とは、何とロマンあふれる定義でしょうか。この後に続く英文でも、その”ロマン”について熱く述べられています。
These facts and these details, moreover, are often called by names which are so odd, and possess such romantic histories, that few can indulge in the joys of lexicography without being touched by the word-collecting mania- a mania which, like stamp-collecting, would be one of the most innocent pastimes or vices, were it not so often accompanied by the desire to make a display of one’s specimens.
(さらにこれらの詳細や事実が、ときに珍妙な名とロマンあふれる歴史を抱えている。こうした辞書を編集する楽しみに浸ってしまうと、単語収集癖に染まらずいるのは難しいだろう。切手を集める人々のように標本を見せびらかす欲望をともなわない限り、単語収集癖はもっとも無邪気な娯楽、道楽に間違い無いだろう。)
いきなり登場する「切手を集めている人々は標本を見せびらかしてくる」という謎のステレオタイプには戸惑うものの、英語を愛する編集長としては語源や歴史にロマンを感じるという点はとても共感できます。
自己啓発感が強くて味わい深い
さて、ここまでの英文とは少し異なり、自己啓発系の本に載っていても違和感のなさそうな力強い文章もありました。こちらは昭和8年京都帝国大学文学部の問題。
Take care to get what you like or you will be forced to like what you get. Where there is no ventilation fresh air is declared unwholesome.
(好きなものを手に入れることができるよう努めなさい。そうしないと、手に入れたものを無理やり好きにならなければいけなくなるだろう。換気のない場所では新鮮な空気が不健康であると言われてしまうように。)
自分が何を好きであるかを意識しておかなければ、本当に自分が欲しているものがだんだんわからなくなってしまう…。現代人もつい陥りがちな問題かもしれません。
さらに、熱くわたしたちに語りかけてくるような文章もありました。こちらは昭和10年京都帝国大学文学部の問題。一文目からとにかく熱いです。
All life belongs to you or do not listen either to those who would shut you up into corners of it and tell you that it is only here and there that art inhabits, or to those who would persuade you that this heavenly messenger wings her way out side of life altogether breathing superfine air and turning away her head from the truth of things.
(人生は全て私たちのものである。「人生の片隅にしか芸術は存在しない」と言ってあなたを人生の片隅に閉じ込めようとする人たち、もしくは「芸術の天使は物事の真相からは顔を背けて極上の空気を吸うものだ」とあなたを説得しようとするような人たちに耳を傾けてはいけない。)
受験の日に向けて多くの時間とエネルギーを捧げてきたであろう学生に対して、「人生はお前の手の中だ……!(All life belongs to you)」と問題文を通して語りかける京都大学、恐るべしです。
ちなみに、この文章はイギリスで活躍した作家ヘンリー・ジェイムズの言葉を引用したものだそう。当時、京大の文学部を受験する学生であれば、当然のようにこうした英文和訳問題に解答できたのでしょうか。戦前の受験生の教養、恐るべしです。
おわりに
思いのままに紹介してきましたが、楽しんでいただけたでしょうか?今回、わたしが読んだ「最近七年間東京・京都・九州・東北・岡山・千葉・新潟・金沢・長崎帝国大学入学試験問題集」と「全国官立大学入試英語問題正解」はどちらも著作権保護期間を満了しているので、インターネットで自由に閲覧できます。気になる方はぜひ読んで、味わい深い文章を探してみてくださいね。もし日本語訳がわからない英文があれば、ぜひ編集部までご連絡ください!
(イラスト: 杉本憲相/Twitter @Kensuke_Blue)
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