オーストラリア外務貿易省の職員に日本語を教える神谷世紀子さんは、外交や貿易などの専門分野に特化した言語教育を行っている。仕事で使える語学力を身につけるためには、シチュエーション(状況・場面)を設定して行うロールプレイ(役割練習)が効果的だという。外交に限らず、ビジネスやその他の専門分野にも応用できるその言語学習方法について話を聞く。
言語は実際の場面で使ってはじめて身につく
Q:オーストラリア外務貿易省の職員に日本語を教えていらっしゃいます。一般的な英語のレッスンとは何が違いますか?
私が教えている対象は、主に外交官として大使館に派遣されることが決まっている職員です。授業は1対1で行うため、その人の仕事のポジションに合わせた授業をすることができます。政治関係のポジションに就く人は政治分野に焦点をあてた日本語、経済関係の仕事をする人は経済分野の日本語が学習できるように授業を組みます。
Q:各自の仕事内容に合わせた授業をしているということですね。仕事で使える言語を学ぶのに、何か効果的な学習方法はありますか?
シチュエーション(状況・場面)練習が最も効果的です。「Learning language in context」と呼ばれる方法で、文脈のなかで言葉を理解して学習します。具体的には、実際の仕事でありそうな場面を設定し、そのなかでロールプレイを行います。ロールプレイとは、役になりきって会話を練習することです。
私がシチュエーションで学ぶことの効果に気づいたのは、17歳の頃でした。「Do you have a pen?」という中学生1年生レベルの教科書英語の構文が、アメリカで実際に使われている場面をはじめて見て、目から鱗が落ちるような経験をしました。
レストランで子供がフォークを落としたとき、ホストマザーがウェイターに「Do you have a fork?」と言ったのです。その構文を本当の意味で理解した瞬間でした。言語は教科書だけでは学べません。実際の場面のなかで使ってみてはじめて身につくものです。
ですから、私の日本語の授業ではシチュエーション練習をよくします。初級であれば、ホテルで行われる会議に向かう途中、道に迷ったので人に尋ねるという設定。中級であれば、会議の時間を変更したい旨を日本の担当省庁に電話で伝えるという設定。上級であれば、日本の記者の取材を受けるという設定のなかで、オーストラリアの国としての貿易政策を説明してもらいます。
Q:非常に細かいシチュエーションの設定ですね。
1対1の授業だからできることですが、仕事でありそうな状況をなるべく具体的に設定するようにしています。
実際の授業では、私が基本となる例文を書いたテンプレートを用意し、学習者はそれをもとにまず学習します。この段階で、私は文化背景とともに文化に適した表現や言い回しも説明するようにしています。たとえば、日本での名刺交換の仕方や、日本独特の「お世話になります」といった表現などです。実際にロールプレイをした後には、間違いや言葉の足りないところを指摘し、より良い言い方をアドバイスします。
シチュエーション練習を日常で実践するには?
Q:神谷さんが教えているようなある分野に特化した授業は、誰もが受けられるわけではありません。このような授業が受けられない英語学習者はどのようにしたらいいですか?
まずは自分の仕事や専門分野に関連した英文記事を読むことです。新聞記事は簡潔にストレートに書かれているので、一番簡単な文章です。日本語ですでに知識のある分野の記事を読むことで、英単語や英語表現を比較的簡単に学ぶことができます。
自分の仕事と似た分野の海外ドラマや映画を観ることも勉強になります。政治関係や医療関係の海外ドラマは多いですよね。
声に出して勉強することも効果的です。発音の練習になるからです。発音は重要です。発音が悪くて相手に言葉が通じなければ意味がありませんから。(録音された)ネイティブの声を聞いて、それを真似ることが練習になります。また、口の筋肉を慣らすことで英語の表現が定着しやすくもなります。
でも本当は、声を出すにしても相手がいた方がいいです。言語学習はTOEICのスコアを上げるためだけにやるわけではありません。本当に使える言語というのは、人とかかわって学んでいかなければなりません。
Q:相手がいれば、どのような学習ができますか?
可能であれば、先生と英語のレッスンをすることです。個人レッスンであれば、自分の専門分野や仕事でありそうなシチュエーションを練習させてもらえるよう先生に頼むことができます。
教科書で全ては学びきれません。ビジネス関係の電話のやりとりで使われる英語にしても、教科書に出てこない表現はたくさんあります。実際にありそうなシチュエーションのなかでロールプレイをすることで、必要な表現や言い回しを先生に教えてもらいながら学ぶことができます。
レッスンを受けることが難しい場合は、ランゲージ・エクスチェンジという方法もあります。英語を母語とする日本語学習者と、互いの学習言語で会話をしてお互いが学ぶ方法です。この場合、ただ一般的な会話をするよりも、毎回テーマを決めて会話をした方が効果的です。
Q:たくさんの生徒さんを教えてこられましたが、このような言語学習方法で上達する人というのは何が違いますか?
上達する人は、間違いを恐れずにどんどん話す人です。ただ、それだけではそこで止まってしまいます。
その上をいく人というのは、間違いを把握して直す人です。間違えたままでもとりあえずしゃべるというのではなく、それを正そうという意思のある人です。そのような人は、教師が間違いを指摘するとそれを練習して、次回からは間違えないように努力します。その努力で差がつきます。
シチュエーションで学べば、文化背景の理解も深まる
Q:外交官に特殊分野の日本語を教えるためには、教師にも高度な英語力が求められるかと思います。神谷さん自身はどのように英語を学習したのですか?
私の英語が最も上達したのは、オーストラリアのハイスクールで日本語を教えていたときです。
それまで通っていたオーストラリアの大学で教師を目指すクラスメートたちは、比較的きちんとした英語を話していました。ところが、中高生の会話というのはほとんど俗語で成り立っているようなもので、何を言っているのかわかりません。その上、英語の間違いは指摘されるし、発音は笑われるし、意味が通じなければストレートに「わからない」と言われます。中高生ほど容赦のない人たちはいませんから。
このような現場に投げ出されたことがかえって良かったのだと思います。私も必死でしたから、恥はかなぐり捨てて、わからないことは何でも、生徒にでも同僚にでも聞きました。また、そこで文化を学べたことも大きかったかと思います。
Q:文化を知るということは言語学習に必要なことですか?
語学力のレベルを示すのに「日常会話レベル」という表現がよく使われます。私はこの「日常会話レベル」には二つの意味があると考えています。
一般的に言われる「日常会話レベル」というのは、買い物をしたり、レストランで注文ができたりするレベルの語学力を指しているかと思います。ですから、日本人は自分の語学力が大したことはないという謙遜の意味でこの言葉を使います。
けれども本当の「日常会話」はそんなに簡単ではありません。同僚と仕事の話をするのに求められる語学力でも「日常会話レベル」以下です。それはただの業務連絡ですから。私自身、業務連絡の域を越えて同僚と英語で「実のある会話」ができるようになったのは、働き始めて1年以上経ってからです。
日常会話とは、現地の人々と対等に、お互いが共有するものについて話す会話です。そのレベルの会話をするためには、高度な語学力だけでなく文化背景への理解も求められます。
本当の意味での「日常会話レベル」に達するには、文化を知ることも必要なのです。
Q:言語の習得には、文化を知ることも含めて現場で学ぶのが最も良い方法かと思います。しかしそうでなければ、それに近い 「シチュエーション」を設定して練習するのが効果的ということですね。
そうです。そして、そのシチュエーションの場数を踏むことが大切です。私の生徒さんたちも、仕事で外交の場へ出る前に、何十回もその場面を練習しています。
仕事で使える語学力を「本」だけで身につけることには限りがあります。「シチュエーション」のなかで、「人」とかかわりながら練習を繰り返すことが大切です。
取材・執筆:クレイトン川崎舎裕子 (Hiroko Kawasakiya Clayton)
編集:岡徳之
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