日々英語を使って仕事をしているDiDiフードジャパン株式会社の人事を担当する山本敦己さん。英語の勉強は基本的に 「自分の好きな時間に好きなものをピックアップして触れるだけ」と言います。本当にそれだけで英語が上達するの?と耳を疑いたくなりますが、そこには山本さん独自の勉強方法と信念が。
普段山本さんが仕事をしている晴海のコワーキングスペースで、英語学習について、そしてDiDiフードジャパン株式会社についてお話を伺いました。
記事の最後に、DiDiフードジャパン株式会社の採用募集についてお知らせがあります。こんな職場で働いてみたいと思った方はチェックしてみてくださいね。
ベトナムで出会ったあの人に感謝?
――学生時代はどんな英語の勉強を?
山本さん:実は大学生活を通じて英語を熱心に勉強したというわけではありませんでした。受験当時、英語は好きかつ得意で成績も良かったのですが、いざ合格した後には何だか燃え尽きてしまって。
契機は大学生活の最後に卒業旅行で友人とベトナムを訪ねたことでした。 中学校では3年間、吹奏楽にのめり込んでいたのですが、3年目のコンクールで「ミス・サイゴン」というブロードウェイ・ミュージカルを抜粋して演奏しました。ベトナム戦争当時の米軍兵士とベトナム女性の悲恋をテーマにしたもので、怖くて厳しい顧問の鈴木先生に「ベトナムの原風景をもっと想像しろ!もっと思いを込めろ!」と言われ、最初は「行ったこともないのにわからないよ……」と途方に暮れていたのですが、ひと夏かけて取り組むうちに、これはいつか必ず行きたい、行かなきゃいけないという気持ちが膨らみました。それ以来ベトナムへの思いがありましたね。
――ベトナムで英語を勉強したいと思うようになったんですか?
山本さん:はい。ようやく11年後に訪れたベトナムでしたが、トラブルに巻き込まれまして。それがすべての始まりです。絶対に英語が話せるようになりたいと思いましたね。
――トラブル?
山本さん:実は、旅の途中で交通事故に巻き込まれ、針で縫う大怪我をしてしまい、野戦病院のような田舎の病院に運ばれて12針も縫いました。たまたま事故現場の近くにいた工事作業員のおじさんが私を病院に運んでくれて、治療後には親切に宿まで手配してくれました。さらに、エレベーターのない宿だったので、私を担いで階段を上がってくれました。
――いい人に出会えて良かったですね。
山本さん:ええ、そこまでは(笑)ところがその方は、私をベッドに横たえると同時に態度が豹変。「俺はおまえをこれだけ助けた。だから金を払え」と言い出して。
――お礼を言いたかったのに英語ができなくて……、といういい話だと思って聞いていました(笑)
山本さん:そうだったら良かったのですが(笑)その瞬間に私は頭が真っ白になり、財布から少しずつ紙幣をその方に渡しましたが、「足りない」の一点張り。結局、彼の月収の1ヶ月分くらいを支払い、この時初めて「英語さえできれば…」と強烈に痛感しました。結局このベトナムへの旅が英語学習のみならず私の人生観を根底から揺さぶる原体験となりました。アジアの人たちともっとコミュニケーションができるようになりたい、そのためには絶対に英語が必要、という軸ができました。いま振り返れば、あのおじさんには本当に感謝しています(笑)
――強烈な原体験ですね。
山本さん:就職した後も、時間を見つけては取り憑かれたようにアジアの国々を訪れました。 バックパックを背負って中国、カンボジア、タイ、シンガポールなどいろいろ周りましたが、中でもやはりベトナムの勢いは好きですね。ハノイもホーチミンもエネルギーで溢れている。
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